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ヨコズキゲーム’

ゲームの事しか書いてない らじてんのブログ。

「Everybody's Gone to the Rapture」ネタバレ感想

 「大逆転裁判」の感想に続けて、もう一本、「Everybody's Gone to the Rapture」の感想。

 

歩け、とにかく歩くのだ

 面倒なのでこちらの感想もネタバレで書きます。

 「Dear Eshter」を制作した開発チームによる最新作。

 今回はPS4のダウンロード専用タイトルとしてリリース。音声含めてフルローカライズされており、安心してプレイ出来る。

 先に挙げた同スタジオ前作の「Dear Eshter」や他スタジオ開発による「Gone Home」「The Vanishing of Ethan Carter」など結構増えて来た「とにかく歩いて歩きまくって情景と共に情報の断片に触れ、徐々にその場所の物語を浮かび上がらせる」というようなスタイルのゲーム。ゲームというより景観シミュレーターに断片的なイベントが散りばめられているような感じとなっている。


『Everybody's Gone to the Rapture -幸福な消失-』 PV「責任 ...

 丁度、最近は、激しい戦闘(ウィッチャー、バットマン、スプラトゥーン、デビルズサード)を繰り広げるゲームばかりしていたし、徒歩で美しい情景でも眺めながらよく解らん話でも見たいと思っていたぜ!と思い、早速購入。一緒にプレイ(もとい後ろで眺める係)した奥様が実家に帰っていて途中封印を余儀なくされたものの、先日無事クリアしたので感想を書く。

 

やれる事は至ってシンプル!

 ゲームプレイとしては簡単明快。

 プレイヤーに出来る事は「歩く」「ちょっと早く歩く」「調べる」のみ。ファミコン並みに簡単!!(たまにコントローラーを傾ける動作もあるよ!)

 調べる事で、ドアを開けたり、ドアを開き損ねたり、ラジオを通して頭でっかちおばさんの声が聞けたり、電話を通してクソ不倫野郎の声が聞けたり、ファックスから謎の怪電波を受けたり出来るぞ。

 でも、基本は歩くだけ。R2ボタンを押すと、気付かないレベルで徐々に早歩きになるぞ。その後普通に歩くと異常に遅くて処理落ちかと思うぞ。

 フォトリアルなまでに綺麗な、1980年代イギリスの田舎?を心行くまで散歩できる。最高じゃないですか?

 

お前を邪魔する人はほんとに全くいない

 このゲームの舞台には、人は全く登場しない。民家は無人、車は路上に放置されている。煙草はまだ煙を上げ、ボールは転がり、物は放り出され、ついさっきまで人がいた気配はするのだが、どこに行っても人っ子一人いない。誰にも邪魔される事なく、思う存分歩きまわる事が出来る。

 人がいない代わり、登場するのは、光と蝶。そして遠目に飛び立つ鳥のみ。人がいない優しい世界。

 光はプレイヤーを導くように、あるいは、自由気ままにフラフラしている。ついていけば何かあるのかな?と思いきや、全然ついて行きようねえじゃねえか!という軌道で飛んで行ったりするので、たまに気にしたりしなかったりしながらプレイすると良い。

 光の後をついて行くと時折、光の塊のような形で恐らく過去にあった出来事が再生される。その断片を見ると、平和そうなこの村?町?にも色々な感情やドラマは見えてくる。・・・けど、今ここにはもう誰もいない。目の前に広がる光景はもう人がいなくなった世界。

 

滅茶苦茶広いぜ田舎町

 いや、田舎なのかよく解らないが。

 とにかく広い。本気の本気で何のデフォルメもなく、数百人規模の町を作ったらこんなに広かったよ。という感じの広さ。

 色んな場所に地図が掲示されているものの、手持ちでいつでも確認出来る訳でもないし、そもそも目的地もない(あるけど明示されていない)。全く迷わずに歩くのは難しいと思う。なるべく色んな記憶を見ながら歩き回ろうとするが、虱潰しに歩き回るには、かなりの忍耐が必要になると思う。

 ただ、目に映る景観は終始頗る良い。密度が程良く、一つの町と思えない程に、場面も豊か。多数の美しい色彩の中で散策が出来る。そこに、ついさっきまで人がいたと感じる要素が随所に現れ、光の記憶が更に起伏をつけてくる。

 朗らかな昼の静寂で感じる不気味、夕方の太陽の不吉、山中を歩く際の行楽気分、闇夜に光瞬く神秘、壊れかけたまま人がいなくなり静止した世界。美しい景色が沢山あり、大半のプレイ時間を費やす「歩く」という行動は結構楽しめた(流石に早歩きは使いまくったが)。

 

紐解いても、人々のドラマ以外は闇の中

 この街では何かが起こっていたらしい。

 光を通して見える出来事は、この街の人間に過去起こったドラマが中心となっている。

 そこで起こる会話・行動は、場所に紐付いて見える為、時系列はバラバラの状態。見えた光の光景が、一体いつの出来事なのかは、会話の内容から推理する他ない。

 光の光景を追いながら、頭の中で反芻し並べ変えながら、一体この村に何が起こったのかを推理しつつ、歩き回る。

 一見平和で、スーパーマーケット以外は大抵揃っているような充実した土地ではあるが、そこに住む人々にはなかなかヘビーな状況や人間模様が垣間見える。

 中でも、スティーブンが後先考えない不倫野郎で、すっごいクソ。唆すウェンディーも多少悪いけど、結局やっちまったスティーブンが最悪。飲みに行ってんじゃねえよ。今も綺麗だ、じゃねえよ。マジクソだよ。あと、サム死んだの?サム絡んで死ぬ以外何してる人だっけ?なんにせよアレ死んでたら、スティーブン人殺しじゃん・・・どっちにしろ終わりじゃないか・・・。

 ただ、そうしたスティーブンのクソ事情や、その他、迫りくる終末に対峙する人々のドラマは、どんどん見えてくる一方、肝心の終末原因の方はほとんど見えて来ない。

 

ケイトー!なるほど全然わからんぞケイトー!

 終末の原因となる、謎の新生物?については、主に電話のスティーブンや、ラジオのケイトによって語られる。

 その為、多少は性質が判明しているものの、結局その正体はよく解らないままで、どうしても予想混じりにならざるを得ない。

 周回プレイして全ての電話・ラジオを聞いたらもう少し見えてくるのかも知れないが、なんとなく、そこは解らないままのゲームな気がする。「終末に対峙した人々や、誰もいなくなってしまった状況」が重要なのであって、そうなった原因自体はどうでも良さそうな感じ。

 種明かしの機会には絶好のタイミングだったのに、ケイトは抽象的な事を言ってこちらを煙に巻く。「幸福な消失」というサブタイトルからして宗教的な寓意はあるっぽいけど、バイオショックインフィニットの方がまだ意味解ったよ、ちゃんと解る程度に解る話してくれよ、ケイト!!もうちょっと説明うまくないとスティーブン振り向いてくれないよ!!ごめん今のなし!!

 

感動(ほぼ暴力)を生む音楽

 という訳で、美しい景観を眺めて楽しみ、とにかく突然来てしまった終末に対して人はどう動くのか、というドラマを見るのが一番良い遊び方だと思うし、そういう意味では、ウェンディーの終末が一番好きです。独善的なおばさんだけど、そうであるだけに幸せな最期っぽく見えるんだよね。でも、カートに鳥を詰めるな鳥を。

 で、このゲームのこう野蛮なまでの感動的な雰囲気に強く貢献してるのが、美しい音楽。めちゃくちゃ美しい。綺麗。歩いてる最中に、なんだよこの良い曲って笑っちゃう。

 もうこれ暴力だよ。ウソだろってくらいに美しい絵に、美しい音楽。そこに意味がないので、安心して、意味のわからん感動に震える事が出来る。政治的にとか、倫理的にとかそういう意味は多分、ない。よく解らんけど綺麗な絵と美しく盛り上がる音楽で、なんかグッと来てくれー!!みたいな、そういうアバウトさの為にすごく労力をかけてる訳のわからん贅沢さがある。気付くと、うわー!その暴力で無茶苦茶にしてくれー!という気にさせられている自分がいる。

 

ところで俺は誰ですか?

 そんなこんなで、ミステリーとして考えると謎だらけのまま終わるゲームだが、まぁ、ミステリーではないので、深く考えないようにしよう、と思いつつ、一つだけどうしても放置出来ない謎がある。

 

 あの、これ、プレイヤー誰なの。何のためにここでウロウロしてんの。

 俺は一体何なの。

 

 ひょっとしてプレイヤーキャラを別の人から眺めるとプレイヤーも光の玉だったりするのかな。いや、そもそもゲーム機=テレビを通して感染し、光になったせいで、時間の概念がなくなり、永遠に時間が静止した、その感染の始まりの記憶に接触している俺があのプレイヤーなのかな。え、なにそれ、おっかねえ。

 

 そんな感じで余計な事を考えたり、考えなかったりしつつ、クソ美しい景色の中、ウロウロして楽しいゲームでした。

 

 

今日は以上。