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ヨコズキゲーム’

ゲームの事しか書いてない らじてんのブログ。

「人喰い大鷲のトリコ」感想※ネタバレあり※

 「FF15」をまだまだプレイしたい気持ちをグッと堪え(アップデートが来た時にこの気持ちを一気に解放する予定)、どんどん別ゲームをプレイ中。俺です。

 最近国産ゲーム遊びまくりで、こんな状態想像もしてなかったし、今年末は大豊作だな…。

 

 今日は「人喰い大鷲のトリコ」の感想。

 ネタバレありです。

 

プレイ状況

 1周クリア。大体10時間以内と思う。

 周回で変化する要素があるのかも知れないが、満足したので終了。

 

ままならない謎の動物

 本作は、ざっくり言うと、謎解きの強いアクションアドベンチャーゲームの体裁になっている。

 主人公は何も知らないまま、謎の谷で目を覚ました少年。その少年の傍らには、巨大な生物が眠っており…という導入で始まる。

 基本的な世界観や操作は、本作ディレクター上田文人が過去に手掛けた「ICO」や「ワンダと巨象」を踏襲。少年の動作は、ICOとワンダを混ぜて、多少発展させた感じ。歩いて走って段差を登り降りし、スイッチを入れて、オブジェクトを動かして…という、アクションアドベンチャーゲームにありがちな操作で、冒険をする。

 

 大きく違うのは、パートナーである巨大生物「トリコ」がいるという点。

 トリコは、AIによって制御されており、これがまたままならない。従順でシンプルにプレイヤーを追従してくれるヨルダ(ICOの少女…は手を引く必要があるが)やアグロ(ワンダの馬)と違い、「トリコ」は色々と思い通りになってくれない。

 出会ったばかりのトリコと少年は、せいぜい声を出してトリコの注意を引くくらいしかできない。声を出すと、少年になんとなくついて来てくれるトリコだが、気になるものがあれば簡単にそちらに気を取られるし、呼んでもすぐに来てくれなかったりする。急に水場で身体を洗い始めたり、謎の香りに執着して動かなくなったり。そういうままならなさと、異常に作りこまれた仕草の数々が、トリコを生き物として錯覚させる。

 最初はままならなかったトリコとの意思疎通も、数少ない手段を通じて徐々に的確になり、主人公の意図をどんどん汲んでくれるようになる。かと言って、微妙な謎解きなどは、ちゃんとトリコと目を合わせてから意図を伝えるようにしないといけない。まどろっこしいと言えばそうなのだが、そこを丁寧にさせることで、意志を通わせ合っているという実感を積み重ねさせてくれる。

 

かけた年月のすごみ

 トリコの仕草は本当にすごい。

 犬のようで、鳥のようで、鹿のようで、猫のようである、絶妙な中間生物デザイン。ただしめちゃくちゃにでかいが。

 首をめぐらす際の動き、羽のしなり具合。感情を読み取れてしまいそうな瞳。動物を飼っている(いた)人なら、既視感のある行動が、設定されたモーションを繰り出しているというような印象を与えない自然さで表現されている。

 ワンダと巨象よろしく、少年はトリコの身体(というか体毛?)に掴まって登り降りができるが、その度に、トリコの体毛はわさわさと蠢き、トリコの感触と巨大さを幻視できる。偏執的な作りこみだ。時間をかけただけはある。

 トリコの動きを見ながら、撫でたり登り降りして、あるいは、ぶつかったりしてその感触を感じるうち、大したプレイ時間でもないのに、トリコをただ撫でるだけで癒されている自分に気が付いた。だって撫でたら毛繕いしてあげれるんだもの。

 

過ぎた年月の重み

 すさまじい作りこみによって生物として顕現したトリコに目を見張り「イーソイソイイーソイソイ」と撫でまくるしかない訳だが、一方、その部分以外は、過ぎてしまった時間の重みを感じてしまう出来だ。

 

 まず第一に凶悪なカメラ。

 このゲームのカメラは癖が強い。最終的には結構慣れたが、冒頭1~2時間は癖の強い挙動が辛かった。ステージデザインの問題もあるかと思うが(カメラの混乱しやすい閉所が多い)、今時これは辛い。

 レベルデザインやモーションも驚きはない。

 ICOやワンダにも通じる、雰囲気抜群のロケーションや景観が広がるが、さすがに似たようなテイストで3作目ともなると新鮮味が薄い。高所の連続で構成されるステージや、少年のモーションも、アンチャーテッドの後では割と普通に感じてしまう。そうなると、カメラ問題と相まってカメラのごちゃつきやすい狭い出入り口や、全体感を掴みにくいマップ構成がいまいち。それぞれの場所はよくできており、破壊表現も素晴らしいが(これは本当に素晴らしい)、繋がりが把握出来ないのであの序盤に見たここまで来た!という達成感が薄い。

 あと、操作チュートリアルも若干辛い。ビジュアル・雰囲気重視の作風にも関わらず、ダイナミックにコントローラー表示が画面に出る。しかもいつまでも。ゲームオーバー画面など、極力UI表示を廃した作りにしているのに、何故操作チュートリアルだけが??という不整合を感じて余計に気になってしまった。

 発表~発売までの間に、より洗練された表現が登場した結果、風化したり痘痕となってしまったデザインが散見され、素晴らしい変態的な作り込みとのギャップが強調されている。しょうがないことだけれど、やはり惜しい。

 

そんなの卑怯すぎるだろ!!

 さて、物語について。

 ここから先は愚痴みたいな書き方になってしまう。

 いやだってですね、卑怯なんですよ、このゲーム。

 先にも書いたように、偏執的な作り込みで、このゲームは、トリコを生物だと感じさせてくれる。

 なのに、開発が用意した物語はトリコをめちゃくちゃひどい目に合わせるわけですよ。刺さった槍を抜いたり樽餌をあげたり撫でたりしただけの少年をかばってトリコはめちゃくちゃ頑張ってくれるわけですよ。嫌いだった目玉のマークを無視して頑張ってくれたり、それこそ命をかけて頑張ってくれる。もう少年なんか見捨てていいから!!そんなにしてもらえるほどのこともしてあげれてないんだから!!

 確かに、少年に対して頑張ってくれるトリコばかりじゃない。そもそも少年が谷に来ることになった理由自体にトリコが絡むし、謎の洗脳装置で少年をしばいたこともある。イベントと関係なく敵に対して大暴れして主人公を崖に突き落としちゃったりもする。けど、トリコ悪くないんだよ。全部謎の洗脳装置や、トリコ先生が大暴れする時に足元でちょろちょろした俺が悪いんですよ。

 なのに、ゲームは、開発者はトリコをひっどいひっどい目に合わせるわけですよ。少年には大して返せるものはないのに、トリコは少年のことを大好きになってくれて、命を懸けて頑張ってくれちゃうんですよ。そんなん泣くでしょ。

 泣け!!ほら泣け!!って言うような作為に満ちた展開なんだけど、もうこっちはトリコに感情移入してるからさせられてるから。わかってても泣いちゃうわけですよ。号泣ですよ。これが卑怯でなくてなんなんです。

 トリコという生物を生んだのは開発者なんだけど、その開発者がストーリーラインの都合でトリコを動かすことが許せなくなるという。あー、これはラブプラスした時も感じたなと。この人(凛子)は、俺と別れるという選択肢がないんだと。なんてかわいそうな生物なんだと感じたあの感情を数倍にしたものだ。

 最後は、きっとトリコは俺がわからない何かを少年からいっぱいもらってたんだ。きっと幸せに違いないんだと信じるしかなった。

 

ただただ撫でるしかない

 過ぎた年月の分、ゲームプレイ自体は結構厳しいところが多い出来だと思う。

 後半は、トリコにただ跨って、どんどん登ってもらう場面が増えるし。余計に俺はトリコに何かしてあげれてるのか?って思っちゃう。大ジャンプの無茶ぶりするしかない時、もうマジでやめてあげてよって思ったよ…(まぁ、飛んでもらったんですけど)。戦闘で兵士に体当たりで頑張るけど、そもそもこの戦いだって、トリコ先生は別に望んだわけじゃないよなと思っちゃう。

 あと、トロフィーはもうちょい何とかならんかったんですか。何かしら用意しないといけなかったんだろうけど「ゲームクリア」の一個だけで良かったんじゃないかな。

 方向性は全く違うが、奇しくもFF15と同じような結論となりました。AIで感情移入させる手口はすごい。とりあえず俺にはよく刺さるらしい。しかし、確かに幸福だったと思えるFF15と違って、トリコは幸福だったと信じるしかない。

 だから俺はもう一度トリコを起動してただただトリコを撫でた。イーソイソイイーソイソイと…延々と撫で続けた。

 

 

 

今日は以上。