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ヨコズキゲーム’

ゲームの事しか書いてない らじてんのブログ。

「フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと」感想

 眼鏡を忘れると世界の粘性が高い。俺です。

 

 今日は「フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと」の感想。

 短く濃密に面白かった。

 尚、物語についての記述などで、ネタバレを含みます。

 

 

クリア状況

 PS4でプレイ。

 プレイ時間2~3時間程度か。

 2周プレイして、各キャラクターの記憶を見た。

 トロフィーは、覗き穴関連のものだけ未取得。

www.youtube.com

 うん、載せておいて何だけど、トレイラーだけじゃこのゲームの美術は収まっていない。

 

 

物だらけの部屋

 自分の父親の話。

 自分の父親は収集癖が強く、趣味の幅もそれなりに広かった。大小種類を問わず収集した大量のアイテムを、乱雑かつ整理整頓して並べ、自分を展開した空間を作るのが好きだった。格子状に仕切りされた小箱にギターのパーツを大量に保管したり、梁にビッシリとボックス缶を並べたり、ガラスケースを積み重ねて中に大量のソフビやフィギュアを並べたり。自室備え付けの棚にはレコードとハードカバーの資料本がビタビタに収まっていた。父親が、コレクターとしてどうだったかよく解らないが、少なくとも、収集品を絶妙の密度で絵になるように並べる技術は、いい線をいっていた気がする。

 収集家は、常に収集量とその並べ方の折り合いをベストに維持するべく努力していると思うけど、父親はそのためには家人も余人も犠牲にするのを全く厭わなかった。

 で、親からの影響で、自分もそういう絵面が好きになったものの、まぁ、そういう部屋は生活と相性が悪い。特に自分の身体の端が未だに分からなくて、ドアに肩をぶつけたり、足先を角にしょっちゅうぶつけているような人間には、絶え間ない緊張を強いる。何より掃除がめちゃ大変。なので、ある程度の年齢でそういう収集癖とは決別したが(しかしデジタルなリストについては幾分かの代替として続けている節がある)、今、なるべく物を増やさないよう生活していると、父親が作り上げ、自分もかつて挑戦していた物だらけの空間が懐かしく思えたりする。

 「フィンチ家の奇妙な屋敷でおきたこと(以下、フィンチ家)」は、収集家が積み上げる妄執の展開図に再会することが出来たゲームだ。

 

 

積み上げられた歴史=妄執

 「フィンチ家」は一人称視点で、奇妙な家をうろついて回るゲーム。

 家の中にある色んな物を調べて見て回っていると、時々、かつての住人であるフィンチ家の人々の手記を通して記憶を垣間見ることが出来る。そうして、徐々にこの家に住んでいた人たちに何があったかを知っていくというゲームになっている。ウォーキングシミュとか言われたりするアレとよく似た骨子だが、別にシミュレーションはしてないし、歩くだけでもない。

 タイトルにもなっている「フィンチ家の奇妙な家」だが、この家の美術や構造は相当凝っていて、歩き回るのが非常に楽しい。外観もファンタジックにイカれているが、中はもう物だらけ。語り部であるエディス・フィンチ曰く「家が多すぎる」という事だが、非常に的確な表現だ。

 ただ単にごちゃごちゃ物だらけという訳ではなく、部屋が、かつて住んだ住人達の展開図になっていて、想像を刺激してくれる。この奇妙な家では、かつて住んだ住人=一族の部屋が高濃度でパッケージされており、基本的に上書きされずに、なんなら一層装飾されて残されている。一族の人間とその歴史自体が、収集品として陳列されているわけだ。装飾担当のイーディーおっかない。

 かつて父親が作ったような自意識を充満させた空間が、いくつも重なって、巨大で辺鄙な建物を成している様は非常に楽しかった。部屋自体をキャラクター化して、登場人物を廃したクーロンズゲートのような感覚すらあった。

 

 

歩いて調べるだけではない

 いくら素晴らしい美術で目を楽しませてくれても、ただ歩いて見て回るだけでは、少々退屈にもなる。ウォーキングシミュなんて呼称される作品群などには、結構そういうゲームも多い。

 しかしこの「フィンチ家」の場合、手記から体験する家人の記憶はただ見て回るだけではなく、しっかりインタラクティブな起伏を提供してくれる。手記の記録者ごとに、プレイ内容は変わり、それぞれに凝っているので、次はどんな記憶を垣間見るのか、だけでなく、どんなゲームプレイが待っているのかと期待させてくれた。

 また、移動自体も、結局は一つの建物内で完結するため、あまり長距離を歩き続ける形にならず、テンポがいいところも素晴らしい。

 

 

ローカライズ

 表示される字幕テキストは、ほぼ全て投影される方式を取っている。壁や物、動きに沿ったりなど、色んな形で表示される(少し読みにくいけどかっこいい)。

 テキスト自体もインタラクティブな要素の一つとなる場面が多く(歩いていくと身体がテキストに当ってテキストがたわみ、吹き飛ぶ、など)、凝っているが、ローカライズも違和感がなく、雰囲気にしっかり合っている。有難うございます。

 

 

短時間でガッツリしっかり楽しめた(ここからネタバレあり)

 本作は、小泉八雲雨月物語の影響などもあるらしいが、ホラーらしいホラーな雰囲気はほぼ感じなかった。ジャンルをサスペンス・アドベンチャーとした「リトルナイトメア」は結構ホラー味が強かったのに対して対照的。

 個人的には、怪談というより、少し滑稽で数奇なお話という印象で、美術など雰囲気のせいか、ティム・バートン「ビッグフィッシュ」などを連想した。

 いや、奇妙な家にある歴史はそのまま「連綿と続く家族の変死」だし、イーディーの部屋から溢れ、家中に増えていったであろう本は、いなくなった家人の記憶か、あるいは、家そのものに潜むナニかが積み上げる過去・妄執みたいなものかも知れず、考えると不気味で恐ろしい。何より、明るい未来を想像しにくい結末はホラー映画の結末にも通じる(と解釈も出来る)。

 プレイして解るあれこれを踏まえると確かに空恐ろしいのだが、プレイ中は奇妙さが勝る演出が施されており、如何にも直球なホラーな演出はほとんどなかった。卑怯なほどにエモいスタッフロールもあって、プレイ後は、少しセンチメンタルな印象すらあった。

 プレイ時間は短めだが、それを欠点と思わせない濃密な体験が楽しめた。

 フィンチ家の前に同制作スタジオがリリースした「The Unfinished Swan」はアート色が強すぎて少しピンと来なかったが、このスタジオのゲームは今後も要チェックで遊んでみたい。

 そういえば、途中サメになってゴロゴロ転がるシーンがあるが、すぐ忘れてしまうし、チープな絵面なのに、1周目も2周目も笑ってしまった。一瞬サメになってゴロゴロ転がるゲームが好きな人にはおすすめ。

 

 

 

今日は以上。